佐賀大学経済学部 中西 一 の HP / 予算制度・財政再建・財政政策を専門とする

 
→ HOME
→ 教育用
→ 研究用
 

メール メール

2020年度現代経済政策研究(政策研究・政策提言)

2020年を取り巻く環境は激変し、世界全体が大混乱に陥った。現在でも続くコロナ禍により、経済社会の正常な活動が妨げられ、人命や健康の損失も大きかったが、同時に経済活動停止抑制に伴う打撃が社会全体に影響を与えた。その影響は時間をかけて根本的な打撃となっており、事業や店舗を閉鎖する企業や事業者が跡をたたない。高齢化等で活力を失いつつあった日本経済が、まるでトドメを刺されるかの如くの打撃を受け、今日では途上国水準に近い窮乏化の兆候も垣間見ることができるぐらいである。

政治的にも、東京オリンピックで花道を飾るはずだった前政権の安倍内閣でも、コロナによる政策運営の迷走もあって求心力を急激に失い、9月に菅内閣に交代したところである。現在の政権でもなし得ていることは混乱に対する受け身の対応にとどまる。なんら中長期的な展望を掲げて、日本の経済社会を復活させるための手を着々と打っていくようなことが、未だにできないままでいる。

しかしコロナ禍は日本の経済社会にあくまで「トドメ」を刺しただけであって、衰退は1990年以降長期にわたって続くものである。日々起き上がる事件によって中長期的に取り組まれねばならない課題が忘れられがちになることも政治社会の現実であるとともに、人々の目を逸らすかのように「危機政治」が繰り返し繰り広げられる傾向があることも事実である。

ここで前政権の経済政策「アベノミクス」を振り返ってみよう。長く停滞する日本経済と、リーマン危機以降の更なる落ち込みを背景に、苛立ちの高まった世論を利用する形で安倍政権は台頭してきた。国民を説得するための道具立ては、まずアベノミクス「三本の矢」であったが、財政政策・金融政策・成長戦略、前の二者は基本的には短期的な景気対策、リフレ政策の類であって、特に通常の財政支出による景気対策に日銀による猛烈な国債買い入れによる大量貨幣創出という異例の、しかし後に禍根を残すような政策体系であった。基本的に、通常の景気循環による景気回復を除くと、ほとんどこのアベノミクス景気対策は功を奏せず、さらにマイナス金利政策まで導入するが、現実には大量に発行した国債費の節約の効果以外には何も経済にもたらすものがない状況になっている。あと一つの成長戦略は、これも具体化したものは少なかったが、基本的には過去の政権、ゼロ年代の小泉政権などが打ち出していた規制緩和路線を踏襲したもので、この方面から大きな効果を上げたものというのは実際にはないといってよいだろう。

しかし安倍政権の後半に打ち出された政策体系は、これらとは違ったものであったといってよい。世論では全てが一緒くたにされているが、「前期アベノミクス」と「後期アベノミクス」は峻別されねばならない。後期アベノミクスでは「人手不足」という課題が深刻に取り上げられた。業績が上がっても人手が足りず生産ができない、「人手不足倒産」といったことまで取り沙汰されていた。それだけでなく、官庁エコノミストたちは経済政策が功を奏さず、企業が投資を増やそうとしないのは、高齢化による将来人口の減少、したがって日本の市場縮小の展望がある中で企業が国内投資を増やすインセンティブがないということを見抜いていたようだ。このことが行政内部文書には書かれてあり、事実上2015年ごろに行政内部では前期アベノミクスは失敗の評価を下していたことになる。しかし政府は表立っては、アベノミクスが失敗したと認めたことはなかった。

繰り出された政策は、まず「一億総活躍プラン」とも言われたが、少子高齢化対策を強く意識したものであった。このことはその後「働き方改革」として法制化されていく。特に、少子化の原因を、正しく労働者の疲弊と見ていた。非正規雇用の蔓延が、家族を作る余裕すら失わせている。正規雇用における長時間労働も同様に家族を持ちにくくしている。これらは今ある労働力を「使い潰す」ことだが、それは少子化という形で後の労働力をさらに数的に減らすという悪循環に陥っていることになる。また関連して保育や教育費負担も少子化の原因とみなされた。幼児教育、大学教育の無償化が消費税増税時の財源投入によって実現した。しかしそれでも財源が不足し、住民税非課税世帯等の制約をつけてしか実現ができていないものである。これら少子化対策は仮に軌道に乗っても実際に子供が増えて労働力が増えるまでに長い時間がかかる。当然その間は移民で補っていかねばならない。それまで事実上研修生制度しか持たなかった日本が正式に移民政策を導入したのが、2018年末導入、2019年度より施行されている入管法改正である。

これらの政策は財源不足や、着手自体が課題の大きさと比べ大幅に遅れたこともあって、即座に大きな政策効果をもたらすことは期待できない。しかし日本がようやく中長期的課題の克服に舵を切り始めた第一歩として、歴史的には重要なものであったと考えられる。しかしこのことの意義は、十分広く理解されているとは言えない。現政権自体、前政権の継続を言う時に基本的には規制緩和路線の継承を言っていることが多い。問題の本質が理解されないままことが進んできたといえよう。

コロナ禍で大混乱にあるままの日本だが、中長期的課題を認識し、一つ一つ課題解決に進んでいくことがなければ未来がない。世論と政府は、目の前の変動する事象に振り回されて中長期的課題を忘れることを繰り返すことを通じて社会の衰亡を放置していく、といった(十分予想できる)最悪のシナリオに陥ることのないようにしてもらいたいものである。人はカネがないとき、モノに注目しがちだが、実際にはカネは世界中に余るほどあって有望な投資先をいつも探しているのである。足りないのは「儲かる仕組み」であり、この儲かる仕組みはヒトが支えているのである。したがって足りないのは質の高いヒトであって、かつ日本の場合量的にもたりない。豊かさの蓄積はヒトを通じて行われるということが理解されねばならない。一人一人の能力が高まり続けているとき、実際の数字はともかく中長期的には社会は豊かになっていっており、その逆の場合は逆である。そのためには政策はどのようなものであるべきか。他のこと(規制緩和等、景気対策等)よりヒトの質と量を高めるために集中的に政策が投入されねばならないだろう。

これは政府や世論が考えていかなければならないことだが、私たち一人一人には何ができるだろうか。これだけ日本の経済社会を取り巻く中長期的課題が山積みである中で、政府が真摯に政策課題に取り組んだとしてもまだ足りないぐらいであり、私たち一人一人ができることから片っ端からやっていくぐらいでなければ、「衰退への傾向」を反転させることはできないだろう。日本の経済成長を中長期的に取り戻すための課題を一人一人考えようとするのが中西ゼミの近年のやり方となっている。「アベノミクス」において典型的に見られた日本の現代の経済政策を学び、さらにそこから足りない課題について政策形成の手法を動員しつつ私たち自身が自ら政策提案をしていく「ワタシタチノミクス」、これがこのゼミの中心課題となっている。政策研究と政策提言に分けて、グループ分けしながらそれぞれで日本経済再生のための提案を考えていくのが具体的な取り組みの中身である。

今年度卒業の世代は、当初はアベノミクスの本来あるべき課題を深めていくという中長期的視点から課題を立ち上げ議論を深めていった。しかし途中からコロナ禍に巻き込まれ、教育現場自体が大混乱に陥った。最後の一年は対面で議論ができることも稀であった状況の中、よく頑張って、取りまとめてくれた。日本の課題と、それへの取り組みの必要性は今後も続く。それぞれがそれぞれの持ち場で、考え、できることを実行し、ものを言っていきたいと思う。

 

「ワタシタチノミクス」政策研究・政策提言

1:日本の未来を救え〜少子化対策の国際比較と給与補償による子育て支援〜 (衛藤渉・山下真樹)

2:移民政策と社会統合政策〜いんたーかるちゅらるさがんしてぃ〜(大嶌達矢・岩本七海 )

3:AI、ビッグデータを活用した生産性向上〜新システムの構築〜(橋本華奈・牧野祥吾)

4:教育から繋げる生産性の向上〜理科離れを抑制するために〜(舩津嵩平・大串実茄)

5:外国人観光客を呼び込むための政策研究および政策提言(井田智博・岸川亜未)